題烏江亭うこうてい にだいす

杜牧とぼく

勝敗兵家事不期しょうはい は へいか も こと きせず

包羞忍恥是男児はじをつつみ はじをしのぶは これ だんじ

江東子弟多才俊こうとうのしてい さいしゅん おおし

巻土重来未可知けんどちょうらい いまだしるべからず


烏江亭
安徽省和県東北部の烏江浦に位置し、西楚の王・項羽が自殺した場所と伝えられる。 『史記 項羽本紀』 にはこう記されている。
そこで項王は東へ烏江を渡ろうとした。 烏江亭の長は船を係留し、彼は項王に言った。 『江東は小さいが、面積は千里に及び、人口は数十万。汝が王となるには十分である。早く川を渡ってほしい。今、船を持っているのは私だけであり、漢軍が到着したら川を渡る術はないだろう。」
項王は笑いながら言った。「天が私を罰したのだ。なぜ私が川を渡らなければならないのか! それに、私と江東の若者8000人は西へ川を渡ったが、今は誰も戻っていない。たとえ江東の父兄が私を憐れんで王に立てたとしても、私は彼らにどう対応すればいい? たとえ彼らが何も言わなかったとしても、私は罪悪感を感じないだろうか?」… そして彼は喉を切り裂いて息を引き取った。
事不期
“不可期”とも書く。 予想外であり、予測が難しい。
包羞忍恥
真の男は屈辱や恥辱に耐える心構えと態度を持つべきだ。
江東
漢代から隋・唐代にかけて、安徽省蕪湖以南の長江南岸の地域は江東と呼ばれていました。 項羽の本拠地。
才俊
優れた才能を持った人
卷土重來
敗れた後に再起し、土を巻上げるような勢いで再び戦いを挑む。
未可知
どうなったかわからない。

杜牧(803~853年)は晩唐の詩人。 陝西省西安市の人。 題烏江亭うこうてい にだいすは杜牧が37歳(839年)の時に烏江亭を訪れた時に、項羽が垓下の戦いで劉邦に敗れ烏江で自刎した古跡にちなんだもの。 (前206年に秦が滅び、項羽と劉邦が争った紀元前202年の出来事。)


参照


作成者:webmaster
カテゴリー:漢詩
タグ:漢詩,杜牧,題烏江亭,
最終更新日 :

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