茗披(めいは)

陸希声(りくきせい)

二月山家穀雨天()

半坡芳茗露華鮮()

春酲酒病兼消渇()

惜取新芽旋摘煎()


2月、山の麓では穀物雨が降り、斜面の半分に広がる新茶の葉は露に洗われ、より一層色鮮やかになりました。 春の訪れとともに、お茶は酒の代わりに病気を治し、喉の渇きを癒す薬として使われます。 しかし残念ながら、お茶を淹れるのに使えるのは、ほんの少しの新芽だけです。

茗披
茶畑。
穀雨
清明の次の節気。 四月二十日頃。
陰暦だと二月の終わりから三月の始め。
春酲
春の二日酔い。
消渇
糖尿病
惜取
大切に取る

陆希声(りくきせい)(?~895)、字は鸿磬、号は君阳苏州吴县(今の江苏省苏州市)の人。 唐代の宰相であり学者、書家、詩人で、詩人陆翱の子である。
初めは右拾遗、後に歙州刺史に昇進し、大顺初(唐の昭宗の治世)に给事中任じられた。 乾復の初めに右攀に召され、後に歙州太守(現在の安徽省黄山市 一帯)に昇進した。大順の初めに書記に召された。 宜興に隠棲し、「君阳遁叟」と号した。 乾宁二年(895年)に户部侍郎同平章事に任じられ、宰相となった。 太子の侍師を解任された。 乾宁三年(896年)、李茂贞の反乱軍が長安に侵攻した際、义兴に避難した。 死後、左仆射の号と文の諡号を贈られた。


参照

陆希声 - 百度百科
陆希声 - 中华典藏
陆希声 - Wiki

作成者:webmaster
カテゴリー:漢詩
タグ:漢詩,陸希声,茗披,
最終更新日 :

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