大理の歴史
- 西南夷
- 牂柯郡 (従来の犍夷郡に、且蘭・夜郎国を加えた地域)
- 越巂郡 (四川南部)
- 沈黎郡 (四川、越巂の北部)
- 汶山郡 (四川、現在の成都西南部)
- 武都郡 (甘粛省東南部)
- 益州郡 (云南・滇国境域)
蛮书・新唐书
- 越析诏 (磨些诏-北にあった。納西族)
- 蒙巂诏
- 浪穹诏
- 邆-诏
- 施浪诏 (大理近郊の白蛮系白族国)
- 蒙舎诏 (施浪诏の南、山中にあった。 烏蛮系彝族)
貴州西南部から云南東北部にかけて夜郎国、その西の云南に滇国、その北の四川南部に邛都。
楚雄の漢代墓葬などから発掘された出土文物から見ると、例えば鋤、鏟(スコップ状の農具)、斧など大量の青銅製農業生産用具が発見されている。
家畜も"六畜"が全てそろっており家禽飼育業もかなり発達していた。 大規模な青銅鋳造や紡績も行われていた住居は木組み式の物であった。
『云南古代文化的発掘与研究 』(云南省博物館) 1981年10月 中国文化出版社刊
これは、漢代の滇西地区が遊牧の段階にあったとする『史記 西南夷列伝』の記述を否定している。 要するに当時西南夷と呼ばれた貴州・云南・四川南部一帯では農業定住が主だった。と言う事。
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- 作成者:webmaster
- カテゴリー:中国 > 雲南省 > 大理
- タグ:中国,中華人民共和国,china,yunnan,雲南省,昆明,大理,歴史
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