開戦初頭の全般情勢

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日付時間出来事
9月1日   昭和16年度帝国海軍戦時編制の実施を発令。
(新たに49万屯、265隻の船舶徴傭を発令。)
海軍は昭和15年11月15日に南方作戦に備えて出師準備を発動、昭和16年8月までに新たに、第一航空艦隊・第十一航空艦隊・第三艦隊・第五艦隊・第六艦隊・南遣艦隊などが編制され、且つ約63万総屯の船舶を徴傭した。
9月3日   「帝国国策遂行要領」を連絡会議に付議決定。
10月下旬を目途とし戦争準備を完成する事、及び外交交渉により、10月上旬に至も、なお我が要求を貫徹しうる目途の無い場合は、直ちに対米(英蘭)開戦を決意する件。
9月6日   9月3日の連絡会議で決定を見た「帝国国策遂行要領」をさらに御前会議に付議確定。
9月12~20日   海軍大学校で聯合艦隊司令長官山本五十六大将総裁のもとに各艦隊・戦隊の司令長官、司令官及び主要幕僚を集め、聯合艦隊作戦計画案に基づく図上演習を行い、且つ、ハワイ奇襲作戦に関する特別研究を実施。
9月16日   第二師団(ジャワ作戦兵団)、第十六師団(フィリピン作戦兵団)、第五十五師団(タイ国進駐兵団)に対し臨時編制を下令。
9月18日   大本営陸軍部は、情勢の推移に即応する作戦準備を発令、南方作戦関係一部兵力の南支・台湾及び北部インドシナへの移動を開始。
9月24日   大本営海軍部は軍令部に聯合艦隊・第一航空艦隊の各首脳を集め、ハワイ作戦の検討をする
9月26~28日   大本営陸軍部は、参謀本部で南方作戦計画案に基づき、第十四軍・第十六軍・第二十五軍の各軍主任参謀予定者と各別に具体的な作戦検討を行う。
10月1~5日   陸軍大学校で参謀次長塚田攻中将総裁のもとに、南方作戦軍の各参謀充用予定者の全員を集め、南方作戦計画案に基づく具体的な兵棋演習を実施、大本営の意図を各軍に伝えるとともに、作戦思想の統一を図った。
10月2日   米国務長官ハルは、これまでの日本側諸提案に対する回答の覚書を寄せた。   その趣旨は、日米首脳会談を拒絶すると共に中国及びインドシナからの全面撤兵、日独伊三国条約の実質的破棄を含む強い要求であった。
10月6日   米覚書(10月2日)をめぐって陸海軍間並びに政府、大本営間に真剣な討議が続けられたが、陸軍側は
「陸軍は、日米交渉妥結の目途は無いものと認める。 従って開戦はやむを得ない」
「もし、外交当局において妥結の見込みがあると言うなら、10月15日を限りとして交渉を続行するも差し支えはない」との方針を決定。
10月16日   第三次近衛内閣は、開戦決意をめぐる閣内の意見が対立し総辞職。
10月18日   17日に組閣の大命は東條英機大将に降下し、午後に東條内閣が成立。
東條新内閣は天皇の内意により、9月6日の御前会議決定の「帝国国策遂行要領」を一応白紙に返し、改めて諸情勢を検討し直すことになった。
10月19日   永野軍令部総長は聯合艦隊がハワイ攻撃を決行する事、及び、この作戦に6隻の大型空母を使用する事を承認。
10月20日   聯合艦隊のハワイ攻撃計画は、軍令部で正式に決定した。
10月24日   大本営陸軍部は台湾軍に対し、台湾に於ける航空作戦準備の実施を命令。
  第五師団は上海附近に師団主力の集結を完了、上陸作戦に関する訓練をはじめる。
10月27~28日   宇品の船舶輸送司令部に、大本営参謀及び各作戦軍、師団の後方主任参謀、船舶関係参謀を集めて、上陸作戦に関する研究打ち合わせを行う。
(これで、各方面の上陸部署と、これに応ずる船舶の配当、乗船区分等の具体的事項について細部の検討をとげた。)
10月29日   南方作戦に関する「陸海軍中央協定」が陸海軍両統帥部長の決裁を終わり、これを以て大本営陸海軍間の基本的作戦協定は確定。
11月1日   東條内閣は連絡会議で「対米英蘭戦争ヲ決意ス」「武力発動ノ時機ヲ12月初頭ト定メ、陸海軍ハ作戦準備ヲ完整ス」「対米交渉ハ、12月1日午前零時マテニ成功セハ、武力発動を中止ス」の決定。
11月2日   東條首相は陸海軍両統帥部長と列立して、連絡会議に於ける討議の経過とその結論とにつき天皇に上奏。
11月5日   御前会議で、対米英蘭戦争決意の「帝国国策遂行要領」が決定。 杉山、永野両統帥部長は例立して陸海軍の作戦計画について天皇に上奏し、その允裁を得た。
大本営海軍部は聯合艦隊司令長官・支那方面艦隊司令長官・各鎮守府及び警備府司令長官に対し、対米英蘭作戦に関する所要の作戦準備を実施するように命じ、且つ聯合艦隊司令長官に対し、その作戦部隊を作戦開始前の準備地点に進出させるように指示した。
11月6日   政府は野村大使援助の為、来栖大使を特派、香港経由で渡米の途につく。
南方各軍司令部の編成が発令され、寺内壽一大将は南方軍総司令官、本間雅晴中将は第十四軍司令官、飯田二郎中将は第十五軍司令官、今村均中将は第十六軍司令官、山下奉文中将は第二十五軍司令官にそれぞれ親補された。
  大本営は南方軍、第十四軍、第十五軍、第十六軍、第二十五軍、南海支隊の戦闘序列を令し、各軍(支隊)及び支那派遣軍に対し、インドシナ、南支、台湾、南西諸島及び南洋諸島方面に集中して南方要城及び香港の攻略を準備するよう命じた。
  また、作戦準備は11月末までに完了するように指示した。
11月7日   聯合艦隊は「第一開戦準備」を発令、諸隊に対し逐次作戦開始の待機地点に進出するように指示。
11月8日   大本営は防衛総司令官に対し、千島から本土を経て台湾に至る朝鮮以外の各要塞の本戦備または準戦備の実施を発令。
第三飛行集団及び第五飛行集団に対し、11月末までに広東・海口・河内・海防・南部インドシナ間(以上第三飛行集団)、及び、佳冬・屏東・恒春・嘉義・ツーラン・ナトラン・三亜・台中の間(以上第五飛行集団)にそれぞれ集中するように指示。
  在支第四師団を第十一軍戦闘序列から除いて大本営直属とし、同師団は上海附近で集結待機するように命令した。
11月10日   南方軍総司令官寺内壽一大将は、各軍司令官を陸軍省に集めて訓示を行い、且つ南方作戦準備に関する命令を下した。
陸軍大学校で、南方軍と聯合艦隊、第二艦隊間に陸海軍現地協定(東京協定と省略する)が成立。
11月13日   第五十五師団主力は、逐次香川県坂出港を出発して北部インドシナの海防港へ向かう。
11月中旬   第六十五旅団は広島港を出発、台湾の基隆に向かう。
11月15日   連絡会議で「対米英蘭蒋戦争終結促進ニ関スル腹案」を決定。
第五師団の先頭部隊は、上海発海南島の三亜に向かう。
大本営は南方軍及び海南支隊に対して、南方要城攻略の任務を与えた(攻撃開始の時機は保留)。   また、第五十六師団主力(マレー作戦参加兵団)に対し臨時編成を下令。
11月16日   山口県岩国海軍航空隊で11月14日以降、南方軍総司令官及び聯合艦隊司令長官臨席のもとに、陸海軍間の協同作戦について検討されていたが、この日、第十四軍と海軍比島部隊間、第十四軍・第五飛行集団・第三艦隊・第十一航空艦隊間、第十六軍と海軍蘭印部隊間にそれぞれフィリピン及び蘭領インド方面作戦に関する陸海軍作戦協定(岩国協定)が成立。
11月17日   海軍機動部隊(ハワイ奇襲部隊)は、九州佐伯湾を出発、千島の単冠湾へ向かう。
11月18日   米国務長官ハルは、野村大使の提案(甲案)を退け、日本がドイツと提携している限り、日米関係の調整は至難であり、これ以上の話し合いを進めることは不可能なことを述べた。
  西貢で第十五軍・第二十五軍・第三飛行集団・南遺艦隊・第二十二航空戦隊間のマレー方面作戦に関する陸海軍の合同作戦協定(西貢協定)が成立。
  さきに広島を出発した第六十五師団は基隆に上陸を終わる。
11月19日   混成第五十六旅団(坂口支隊)は、門司出港、作戦発起地点のパラオに向かう。
11月20日   政府は甲案による日米交渉を断念し、乙案による交渉を野村大使に訓令。
南方軍司令官は各兵団に対し、南方攻略命令を下達。(作戦開始日は保留)
マレー東岸(プラチャップ・チュンポン・バンドン・ナコン)に上陸する第五十五師団の一部(宇野支隊)は香川県詫間を出発、作戦発起地点のサンジャック(南部インドシナ沿岸)に向かう。
  海軍馬来部隊(南遺艦隊)は集合地点たる海南島の三亜へ向かう。
11月21日   大本営は支那派遣軍に対し、天津租界・上海共同租界その他、在中国敵性諸国の権益処理の為、武力行使を準備させる。 また、聯合艦隊に対し、作戦部隊を適時待機海面に進出させるよう命じる。
上記に基づき、聯合艦隊は「第二開戦準備」を下令し、海軍南方部隊本部・北部比島作戦部隊・南部比島作戦部隊及びその他の諸隊をそれぞれ所命の作戦配備につかせた。
第十六師団の先遣隊(ミンダナオ島のダバオ攻略に向かう三浦支隊及びルソン島東南端のレガスピー攻略に向かう木村支隊)は、名古屋港発、集合地のパラオに向かう。
11月22日   連絡会議で「対泰措置要領」を採択、開戦初頭のタイ国進入要領を決定
  海軍機動部隊は択捉島の単冠湾に集合を終わる。
  グアム島を攻略する南海支隊は、香川県坂出港を出発、作戦発起地点たる小笠原島の母島へ向かう。
11月25日   第十六師団主力(ルソン島ラモン湾上陸兵団)は大阪港発奄美大島に向かう。
  南方軍総司令官 寺内壽一大将は東京発広島経由海路で台湾に向かった。
11月26日   米国務長官ハルは、「ハルノート」を野村大使に手交。
  第五十五師団主力は海防に上陸を終わる。
  海軍馬来部隊の大部は三亜に集合を終わる。
  海軍比島部隊(第三艦隊主力基幹)は内地出発。
  海軍機動部隊は単冠湾を出発、ハワイ奇襲の壮途に就く。
11月27日   第四十八師団の先遣隊(アパリ攻略に向かう田中支隊及びビガン攻略に向かう菅野支隊)は高雄発澎湖島の馬公に向かう。
  フィリピン作戦に任ずる第五飛行集団主力は、所命の台湾基地への展開をおおむね終了。
  大本営は第五十六師団を第二十五軍の戦闘序列に編入。
11月28日   南海支隊は小笠原島の母島に集合を終わる。
  第十六師団の先遣隊(三浦支隊)はパラオに集合を終わる。
  コタバル攻略に向かう第十八師団の一部(佗美支隊)は広東の虎門を出発、三亜に向かう。
  第三飛行集団は広東・海口・インドシナ北部地区に所命のように第一次集結を概了、引き続き昆明作戦の陽動開始。
11月29日   宮中に於いて、政府と重臣の懇談が行われ、この間、開戦反対論も出たが、結局、全員政府の開戦決意を了承。
  坂口支隊はパラオに到着。
11月30日   第四十八師団主力(リンガエン湾上陸兵団)は基隆及び高雄で乗船開始(馬公に向かう)。
  第五師団主力は三亜に概了。
  第二十一師団(印度支那の確保に任ずる兵団)は北支の徐州に集合を終わり、以後インドシナに向かう転進準備を開始。
  第十六師団先遣隊(木村師団)はパラオに到着。
12月1日   御前会議により、対米英蘭開戦が決定。
  大本営は南方軍・南海支隊・支那派遺軍に対して南方作戦(あ号作戦)開始を命令(開始期日は保留)。
  また、聯合艦隊・支那方面艦隊に対して作戦開始を命じ、且つ各鎮守府及び警備府に対して作戦任務を与える。
12月2日   陸海軍両統帥部長は列立上奏を行い、開戦日は12月8日と決定。
  第五十五師団の宇野支隊(南部タイ国上陸部隊)はサンジャックに到着。
  第十八師団の佗美支隊は三亜に集合。
12月3日   第十六師団主力は奄美大島に集合を終わる。
  英領ボルネオの攻略に向かう川口支隊は広東の虎門発、カムラン湾に向かう。
近衛師団は、南部仏印進駐以来同地にあって、タイ国進入作戦を準備中。
第二師団は内地で訓練中。
第十八師団は川口支隊・佗美支隊を先遣した後、師団主力は広東附近で訓練中。
第三十三師団主力は、北支那の徐州附近にあって目下南京への移動を準備中。
12月07日10:10   宇野支隊の一部(善洋丸、三池丸及び工作船東宝丸の三隻)はG地点東方で主力船団に合一。
10:10   第十二飛行団の飛行第一戦隊はパンジャン島西方40粁の地点で英コンソリデーテット哨戒艇一機を発見、撃墜。
  ピブン首相不在、目下所在捜査中と言う報告が田村大佐から打電。
12月08日01:50   タイ国外務大臣に最後通牒を手交。
02:15   佗美支隊のコタバル第一次上陸部隊が敵岸に達着。
03:00
04:00
吉田支隊は何らの抵抗も無く、バンプー海岸に上陸。13:40頃バンコク着。
03:20   海軍機動部隊は真珠湾空襲第一撃を開始。
03:30   第15軍司令部は「南総作命甲第二号」に基づき近衛師団に対してタイ進撃を命じる。
03:35   佗美支隊は「0215第一回上陸成功」と第25軍に打電。
03:40   大本営はマレー上陸の現地軍の電報を傍受し、直ちに支那派遣軍・第23軍・北支那方面軍・第11軍・第13軍の各司令官に「馬来方面作戦開始」を通電。
03:50   第25軍は「八日0335馬来方面上陸開始」と大本営に打電。
04:00   第23軍は大本営の通電により、香港攻略作戦開始に関する軍命令を下す。
04:00   近衛師団の吉田支隊はバンコク南方海岸に上陸。
04:12   第5師団主力のシンゴラ第一次上陸部隊は敵岸に達着。
04:20   米国日本大使は最後通牒を手交する為、ハル国務長官と会見。
04:20頃   宇野支隊主力はチュンポンに上陸。
宇野支隊の一部が上陸したナコンシータマラートでは、同地在留の日本人六名が、朝食中タイ警官に踏み込まれ連れ去られ、全員虐殺される。
04:30   第5師団の安藤支隊はパタニー及びタペーに上陸。
06:20   宇野支隊の一部は、プラチャップに上陸。
07:00   近衛師団の先頭部隊はタイの国境を突破してバンコクに向かい進撃。
08:00   第23軍は九龍半島の啓徳飛行場に対して航空第一撃を開始、第38師団はシンセン東側地区から国境を突破して進撃。
08:00頃   第三飛行団はタナメラ、クワラペスト両飛行場を攻撃、第七飛行団はスンゲイパタニー、アロースター、ケチル、アエルタワー、ペナンの各飛行場(ケダー州及びペナン島一帯の飛行場群)を攻撃。
08:30   第四艦隊の第十八航空隊はグアム島を攻撃。
08:30頃   第五飛行集団はフィリピンのツゲガラオ飛行場及びバギオ兵営を爆撃。
09:00   ピブン首相、バンコク着。
10:00   宇野支隊の一部はバンドン及びナコンに上陸。
10:10   第四艦隊の千歳航空隊はウエーキ島を攻撃。
11:00   第11飛行団はシンゴラ飛行場に躍進。
12:30   日本軍のタイ国内通過に対するタイ国側の便宜供与に関する交渉が成立。
昼頃   第三飛行集団はアランヤプラテート飛行場上空でタイ国空軍の小型機が攻撃してきたので、直ちにその3機を撃墜。
13:32
13:45
  第11航空艦隊はフィリピンのクラークフィールド飛行場及びイバ飛行場を攻撃。
15:00   タイ国と「軍隊通過の承認」の条約を正式調印。
22:00   佗美支隊はコタバル飛行場を占領。
12月09日11:00   近衛師団の陸路進入部隊の先頭はバンコクに進出。
15:00   第15軍司令官、飯田祥二郎中将はバンコクに入った。
この日   仏領印度支那共同防衛に関する日仏間現地軍協定の署名をする。
この日   第十飛行団の一部はバンコクのドンムアン飛行場に躍進。
12月10日未明   第五師団の佐伯挺進隊はタイ、マレー国境の陣地を奪取。
06:00   田中支隊はフィリピンのアパリに上陸。
05:30   菅野支隊はフィリピンのビガンに上陸。
14:03   レパルスを撃沈。
14:50   プリンス・オブ・ウェールズを撃沈。

英軍のマレー防衛対策

英軍の陸軍航空兵力(開戦時に於ける実在兵力)

飛行場名機種機数
アロースターブレンハイム (軽爆)11
スンゲイパタニバッファロー (戦闘)12
ブレンハイム一型 (夜戦)12
コタバルハドソン二型 (偵察)12
ヴイルデビースト (電撃)6
クワラペストヴイルデビースト (電撃)6
クワンタンハドソン二型 (偵察)8
ブレンハイム一型 (軽爆)8
ヴイルデビースト (電撃)6
テンガブレンハイム四型 (軽爆)16
セレターヴイルデビースト (電撃)6
カタリーナ (飛行艇)3
カランバッファロー (戦闘)32
センバワンバッファロー (戦闘)16
ハドソン二型 (偵察)4
158

英軍の陸軍兵力(開戦時に於ける部隊配備)


英軍の海軍兵力(開戦時に於ける部隊配備)

  1. 東方艦隊 (長、サー・トム・フィリップ大将)
  2. 東印度艦隊 (長、G.S.アルバスナット中将)
  3. 濠洲及びニュージーランド
  4. 蘭印艦隊 (長、G.E.L.ヘルフィリッチ中将)

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