第18師団(菊) 歩兵第56聯隊
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通称号:菊8903部隊
- 編成地 : 久留米
- 編成時期 : 明治38年6月13日
- 明治38年、編成後は第14師団の隷下で満洲の警備
明治40年10月、平時編制改正とともに新設の第18師団に編入
大正3年、第一次世界大戦で青島攻略戦に参加
大正14年4月、軍縮による軍備整理で解体
昭和12年9月、日華事変勃発により第18師団の主幹部隊として再編成
同年11月5日、第10軍(柳川兵団)の隷下で杭州湾上陸作戦(敵前上陸)に参加、第18師団主力として金山衛城東方に上陸、各地で激戦を重ね杭州に到着。以後、杭州の警備
昭和13年10月、バイアス湾上陸作戦後は広州、広東と転戦。翁英作戦に参加
- 昭和16年12月、大東亜戦争開戦とともにマレー侵攻作戦に参加(コタバルに上陸)
- シンガポール攻略戦ではブキテマ高地、シンガポール島西方要塞攻撃を担当
シンガポール陥落後は、反転してビルマに向かう
- 昭和17年2月、マンダレーを経てメイミョウに至り、~ブキテマ高地 ~メイミョウの防衛
- 昭和18年3月、 対ウィンゲート師団
- 昭和18年10月からウ号作戦(インパール作戦)、九号作戦に参加し、北部ビルマ各地を転戦
- 昭和19年6月~20年1 第一次断作戦に参加
- 補給ルート(インドと中国)の遮断作戦、拉孟・騰越の玉砕
- 昭和20年、メイクテーラー会戦に参加し、甚大な損害を受ける
- メイクテーラー会戦後は、後退してシッタン方面の防衛に当りながら戦闘に参加
- 昭和20年8月15日の部隊位置 : ラングーン東北(シッタン河畔)ニャンカン附近を防衛中に終戦
- 上級部隊 : 第18師団
- 終戦時の所在地 : ビルマ、ラングーン東北
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作成日:1999年9月